マスク着用の是非

マスクの着用について、色々な意見をお持ちの方がそれぞれ持論を展開されています。

ある国ではマスク着用を国が強制するような動きがあるようですね。

そもそも、マスクって何のためにあるんだっけ?と考えてみると、風邪をひいてしまって咳が出て周りに咳の飛沫が飛ばないように、とか、自分の喉の乾燥予防とか、花粉症の方は花粉をなるべく吸い込まないように、色々な立場でその人それぞれの目的でマスクはしていました。

今回のコロナ禍でウイルス感染による命の危機、恐怖から自分の身を守ること、自分の大切な人の命を守るため、感染を極力広げないために人々はマスクを着け始めました。

メディアはコロナ禍の恐怖を煽るような行き過ぎた報道を続け、家にこもって自分の身を守ることで必死な人々は頭の中でコロナ感染後の悲惨な末路を作り出し、それを回避することで頭がいっぱい。

考えて考えて想像して、ありとあらゆることを想像し、考えすぎて頭と身体の比重は断然頭へと移って行ったのだと思います。

体と心、あるいは感覚と思考は中庸である状態が何より人間にとって望ましく健やかでいられる秘訣であると古代の賢人は説いています。

ところで、いきすぎた思考は必ず対になって発生、存在するようですね。


・何が何でもマスクをするべきだ=追求

・マスクは無意味、危険、してはいけない=否定

これらは全く真逆の思考ですが、ある一つの動機から生まれた想像です。

それは自分が何が何でも生き残るためです。
自我(エゴ)の最高潮。

自我(エゴ)も極まればまた次に起こることは真我への始まりでしょうか。

真我とは自然とつながった自分、自分は自然というこの世界の一部であり、生かされているという感覚。

そこに意識がいくことで、今という時代を生きるためのコツを掴めるのだと思います。

心と体 感覚と思考 これらを中庸に。
ほどほどにですね。

マスクつけるも、つけないも自分の体の感覚をしっかり感じた上で選択すること。

いきすぎた思考に陥らないことなのではないでしょうか。