のぞみははっきりとした方がいいのか

さて夏の土用も過ぎて立秋に入りました。

暦が変わると身近なところから何やら変化が起きてきますね。

私は易を知る前は全く暦など気にしたことはなかったので、暦の変わる時の微妙な変化など気がつくことはなかったです。なので、一般的にはそのような変化には気がつかない場合が多いかもしれません。

さて、卍易で何を占うか?

占いたいことが、はっきりしている場合と、漠然と自分がどうなりたいのか?と聞く場合と、あるいはこれで合っているのかを確認したい場合と人それぞれです。

どっちがいいのか?というと、どちらでもいいのだと思います。

これから自分で商売をしていきたい、これでやっていきたい! 吉か凶か?

このように問うと卍易はだいたいの場合、わかりやすく吉か凶か教えてくれます。

そして、吉、あるいは凶という答えを出すのが占いですよね、凶ならばやめる? 吉ならGo?

その先が卍易にはあるのですね。

凶なら、それはなぜなのか?
障害が現れたなら、それをどう乗り越えるのかが人生なのですよね。

そこには自分の心の成長が鍵を握っている場合が多分にあるので、その辺を五常を抱括する卍易ではお伝えすることができるのですよね。

五常の部分は病気に対して対症療法で症状を和らげるというよりは、中医学でその人自身の身体のバランスを整えて漢方薬を処方するのに似ているなぁと思います。

オーダーメイド感が強い占いなのですよね。

では、のぞみがはっきりしてなくて、自分はどうなりたいのか?と漠然と問うことも、全然ありだと思います。

その場合、自分の本質(潜在的な)が本当に今向き合いたいことと、自分(顕在的な)が気になっていることが一致しない場合もありますし、一致することもあります。卍易で初めてそこに気づく場合があります。

そういうことが起きるので卍易はおもしろなぁと思います。

なので、問いたいこと、のぞみがはっきりしていても、はっきりしてなくてもどっちでもいいんだな。
と思います。


どちらにしても、大きな気づきを得ることができるし、その場かぎりではなく、長い目で見て心の拠り所になってくれる、そこが卍易の魅力のひとつだなぁと思います。