ならない風鈴

暑さを暑い暑いと言ってしまえばさらに暑さは増幅するとは世の常ですね。

しかし、この暑さのおかげでたまにそよそよと吹く風がなんとも心地よく感じます。

心地よい風をさらに気持ち良さを増幅させようと思い、しまいこんでいた風鈴を取り出し、ベランダの竿にぶら下げてみました。

そよそよといい風が吹いています。




そよそよ


そよそよ



しーーーーーーん・ ・ ・ ・ ・


さっきまで気持ちよく感じていた風のことなどそっちのけで、風鈴のご機嫌を伺う事に夢中になる。


そよそよ


そよそよ




やはり鳴らない…


この風鈴、不良品なんじゃないか?

こんなに風が吹いてるのになんで音を立てないの?
おかしいよ!

少しイライラして来た。

風を受ける部分に問題があるのかな?
鐘にあたる舌という部分の位置が悪いのか?

汗をかきかき色々改良してみる。

わ、さっきよりは少し鳴るようになった💦

あれ?なんか風鈴ならすことが目的だったのか?
いや、気持ちのよい風をさらに感じたいってのが目的だったよね。

あれれ?

「タオと共にいる 」仲谷一祐著 
の一節が心に響きました。ご紹介を!
はじめの6行あたりが、ん?ときました。
だがしかし、奥が深くて、私の理解が足らなくてまだまだ難しいですが。
自分の硬い執着心は見事に柔らかく弱々しいものに負けてしまったようです。

大事なノウハウ
縮めようと思えば 、張りつめさせておけばよい 。
弱めようと思えば 、強めさせておけばよい 。
勢いをなくそうと思えば 、勢いづかせておけばよい 。奪いとるためには 、与えつづければよい 。
このことを 、目的をわずかにしか明らかにしない方法 、 「微明 」という 。
柔らかく弱々しいものは 、硬く強いものにいずれ勝つことになる 。
また 、 「川の主である魚は自分のいる深い淵から出ていかないほうがよい 」という 。
これは 、その国のもつもっとも便利な道具は 、決して人に明かさないほうがよいことを言っている 。
「タオと共にいる 」仲谷一祐著 から引用