大きな器

「タオと共にいる」仲谷一祐著から抜粋 
優れた者の秘訣
戦略に優れたものは、荒っぽいことはしない。
戦いに優れたものは、怒らない。
勝つことに優れた者は相手の策略に乗らない。
人を扱うことに優れた者は、常にへりくだっている。
これらのことを「争わぬ品格」といい、「大きな器」といって、古くから世の中を極めるための秘訣とされている。
引用ここまで

さて、そもそも戦略とか、争いという種類のことに違和感を感じる自分である。なるべくなら避けていたい。
だが、違和感を感じること自体、私が特にこだわってしまうところなのかもしれない。

近頃のことだが、会ってまだ2回ほどの人と、大人げなく言い争いをしてしまった。それも本気のやつを。

相手の方は感情をあらわにしてぶつかってきて、その後、あなたがどう考えようとわたしには何も関係ない、どうでもいいと即壁をつくる。自分と相手との間に高い隔たりを自作し、なんとも権威的な印象。

こちらに対して、あるひとつのくくりで表現しこんなタイプの人と言ってのける。そのような人に私は最大の違和感を感じてしまった。怒りが湧き、次に胸の痛みを感じ、悔しさか?悲しさか?涙が溢れてきた。

しかしながら、その途中、こちらは相手に対して鋭利な刃物で相手の痛いところを素早くえぐってしまうような言葉を放ってしまったようだ。

自分の中にもあり、また相手の中にある深いところにあるキズに同調したかのようだった。

エゴ丸出しにこちらを攻撃するやり方は私にとって相当なダメージであった。(そもそも、権威的な物事に対して強く反応してしまうくせ、記憶がある)だがしかし、そのダメージからすぐさま自分自身を緩ませ、涙を流し本来の感情をそのままに放つことで、自分を中庸に戻すことは可能である。

人様の前で大の大人が言い争いをして涙を流すという、これは、ある意味、貴重な体験なのかもしれない。
自分の中の強い執着やこだわりを感じて強い感情が沸き起こり、そしてすぐにその感情を解放するという機会に出会えたことは本当に有難いことであると思う。



言い争いをしてしまった相手に感謝である。





嗚呼、タオのようでありたい

がしかし、乗り越えるべき試練はまだまだやってくる。